ジークムント・フロイトの弟子で、「分析心理学」の創始者として知られているユング。
フロイトの後継者になるかと期待されたユングが、フロイトと決裂した理由とは…?
今回は、ユングが提唱した理論と彼が創始した「分析心理学」について、さらにフロイトとの出会いと別れについて深堀していきたいと思います。
ユングの分析心理学とは
ユングの経歴
カール・グスタフ・ユングは、スイスのケスヴィルという村の牧師の家に生まれました。
ユングは、幼少期から自分の内面に強い関心を抱いていて、「私の一生は、無意識の自己実現の物語である」という言葉を残しています。
1895年にスイスのバーゼル大学医学部に入学し、精神医学を学びました。学生時代のユングは、ゲーテ、カント、ニーチェの著書を好んで読んでいたようです。
精神科医になったユングは、チューリッヒ大学の精神病棟で、統合失調症の病名を考案したオイゲン・ブロイラーの指導を受けていました。精神科医として言語連想実験を行う中で、連想反応の遅れにコンプレックスの存在を見出しました。その後はパリに留学して、ピエール・ジャネのもとで学びました。
1907年にフロイトに出会いますが、考え方の違いによって1913年に決別することになります。
フロイトのもとを去ったユングは、独自の理論を展開して分析心理学を創始しました。ユングは、時代や文化を超えて人類が共通して持っているイメージ「元型(アーキタイプ)」や、性格の8つのタイプの分類などを提唱しました。
1948年にはチューリッヒにユング研究所を開設して、心理療法家を養成などを行うようになりました。
フロイトとの出会いと別れ
ユングとフロイトの出会いは、1907年のこと。ユングはフロイトの夢分析などに関心を持ち、フロイトの弟子になりました。
1909年のフロイトのアメリカ訪問には同行し、国際精神分析協会の初代会長に推挙されるほど関係は良好でした。
しかし、いくつかの考え方の違いから、ユングとフロイトは決裂することになります。
リビドーに関する意見の対立
フロイトは、性的欲動を「リビドー」と呼び、この本能的なエネルギーが抑圧されることや、無意識に押し込められることで、神経症を発症すると考えました。
ユングは、フロイトが心理的背景を「性」と結びつけることに批判的だったようです。
ユングはリビドーを性欲だけではなく、精神的なものでフロイトの定義よりも広い「生命エネルギー」であると考え、その中には創造性や宗教心なども含まれると主張しました。
フロイトの定義は性欲に偏りすぎていて、夢、神話などの想像の世界について十分に考慮できていないと考えました。
ユングは、「フロイト心理学は息が詰まるほど狭量だ」と記したこともあるため、リビドーに関する価値観の違いは、2人が仲違いするきっかけの一つと考えられます。
フロイトは心理を科学的に研究しようとしていたのに対して、神話や思想、宗教や錬金術など、目に見えない事象にも関心を持っていたユングは、フロイトと意見が合わないことが度々あったのではないでしょうか。
無意識の捉え方の対立
フロイトは、無意識を個人的な経験や抑圧された願望であるとして、「個人的無意識」を重視しました。
ユングは世界の伝統的な模様に共通点があることや、神話に共通点があることに着目しました。そして、西洋も東洋も心の中の元型は同じで、人類共通の無意識があるとして、「集合的無意識」を提唱しました。
フロイトは神経症の患者が多かったのですが、統合失調症の患者も重視したユングは、妄想の中に神話などにも通ずる集合的無意識があると考えました。
そして、人の心には個人的で後天的な無意識である「コンプレックス」と、人類共通の普遍的で集合的な先天的無意識である「元型(アーキタイプ)」があると考えました。
ユングは、元型の正体を突き止めることに熱中して、チベット仏教や世界中の神話や古代思想、錬金術などにその手掛かりがないか探っていきました。中国の道教や日本の禅の瞑想など、東洋思想にも強く惹かれるところがあったようです。
精神疾患の原因を探っていたフロイトとは対照的に、ユングは「人はいかにして自分になるのか」という精神活動に興味を持っていました。
神経症の解決よりも、「自己実現の過程」を重視したユングは、社会的アイデンティティの仮面を外して、意識と無意識がバランスを取り合いひとつの心の全体性が保てるように、自己の内面を変えることが重要だと考えました。
フロイトの精神分析との違い

フロイトの精神分析は「自由連想法」を用いて、無意識に抑圧された内容の意識化を目指します。
ユングの分析心理学は、意識と無意識は相補的な関係で、意識と無意識を含む心の全体性を「心理学的タイプ」としてまとめ意識と無意識のバランスをとることを主張しています。無意識を克服すべきものではなく、その創造性を重視して、心の成熟を目指したところに分析心理学の独自性があります。
ユングは無意識の複合的な感情をコンプレックスと呼びました。研究の初期の段階で開発した「言語連想検査」を用いて、精神科の患者に100の刺激語に対する連想反応を求め、不吉な言葉や性的な言葉ではない普通の言葉に対して、反応時間の遅れ、言い間違い、「あのー」「えっと…」「んー」「まぁ」などの言いよどみ、感情的な反応などから、患者のコンプレックスの内容を分析しました。
1921年の著書「心理学的タイプ」で、心のエネルギー(興味や関心)を自分の外側の世界に向ける外向性と、自身の内側の世界に向ける内向性の2つに分けて、さらに思考・感情・感覚・直観という4種類の精神機能を組み合わせて、8種類の性格分類を行いました。
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