あなたは、善悪を判断する力、理性や道徳心は人が生まれつき持っている能力だと思いますか?
人の心はどのように成長をするのでしょうか…?
今回は、哲学者の「ルネ・デカルト」と「ジョン・ロック」の真逆の思想から、当時人が理性や知識をどのように獲得すると考えていたのか見ていきましょう。
生得説vs経験説
デカルトの生得説

哲学者デカルトは、人には生まれつき理性や観念(意識の中にある物事に対しての考えや認識の枠組み)が備わっていると思っていました。
人は経験ではなく、生まれつき道徳を理解して善悪の区別をすることができるほか、「1+1=2」であるという数学的な理論も備えていると考えました。
先天的に備わっている観念を「生得観念」と呼びます。
生得観念を持っていると考える立場を、生得主義、または合理主義、理性主義と言います。
ジョン・ロックの経験説

イギリスの哲学者ジョン・ロックは、生得主義は存在していないと考えました。人は白紙(タブラ・ラサ)の状態で生まれて、環境や経験によって知識や観念が白紙に書き加えられていくのだと主張しました。
知識や観念は後天的に五感を通じた経験によって得るものであるとして、生得観念を否定しました。
ジョン・ロックの生得観念は存在せず、経験によって知識や観念を身に着けるとする立場を、経験主義と言います。
この考え方は、デカルトの生得主義と対立するものでした。
経験主義の考え方では、誰でも経験と学習によって知識を身に着けることができるため、生まれ持った性質も後天的に変化をさせることが可能であるという信念になり、その後の教育や哲学の思想に影響を与えました。
